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文化庁委託事業
「2021 年度次代の文化を創造する新進芸術家育成事業 」


【本報告書掲載データの引用に関してのお願い】
■本報告書の引用に関しては原則、以下のとおり出所を明記してください。

・第一部
出所)「日本のアート産業に関する市場調査2021」エートーキョー(株)、(一社)芸術と創造​
ただし、掲載紙面の都合上、上記のように記載が難しい場合のみ以下のような記載も可と致します。
出所)「日本のアート産業市場調査2021」 エートーキョー / 芸術と創造​
出所)エートーキョー / 芸術と創造 調べ​
・第二部
出所)「日本のアート産業に関する市場調査2021」エートーキョー(株) 、(株)QUICK
ただし、掲載紙面の都合上、上記のように記載が難しい場合のみ以下のような記載も可と致します。
出所)「日本のアート産業市場調査2021」 エートーキョー / QUICK
出所)エートーキョー / QUICK 調べ​​


本調査の背景と目的 

■ 美術館の来場者数が世界有数ではあるものの、美術品が売買され、海外では原資産価値を有することが認められ、オルタナティブ資産としても扱われていることをするものは少なかった日本。ところがここ数年、にわかに若手実業家が美術品を購入し始めたことが、メディアでも取り上げられるようになった。

■古来から産業として存在していたアート産業。しかしながら、我が国においてアート産業の実態を把握するための情報は未整備な部分が多く、市場規模ですら信頼性の高い形で明らかにされてこなかった。そのような状況を受け、日本最大級のアート見本市であるアートフェア東京と文化芸術・産業政策のコンサルティングを行う「一般社団法人 芸術と創造」は、 「日本のアート産業に関する市場調査」 として2016年より、日本の美術品の購入動向について調査し、アート市場の規模や傾向などを分析し、発表・報告してきた。

■COVID-19感染症により、世界的に人々の活動が制限された。一旦は多くのギャラリーが休業を余儀なくされたため、2020年の前半はアートマーケットは萎んだものの、その後は世界的な金融緩和により株価は上昇、さらに資産性のある商品が物色された。現代アートも資産性のある商品として注目を集めるようになった。​

■日本でも資産性のある商品としてアートが認知されてきたこともあり、2020年からはアートの価格推移の分析も行っている。オークションの価格データを分析することで、まずアートに原資産価値があることを証明し、さらに、市場全体の推移を時系列で把握し、個別の作品のバリュエーションを行うために、指数の開発を目指している。

■アートマーケットという、”多様な価値”をグローバルなプラットフォーム上で売買を行いながら、その”価格”を比較することで、価値の優劣を考えるという、権力に頼らない社会形成を行おうとする人類の試みについて、未だ日本では情報とツールが不足している状況である。本事業は特に”アートの買い手=アートコレクター”に対して利便性及び安全性を向上させることを目的としている。​



●なお、本報告書は以下のような構成となっている。

▶️第1部 美術品の購入動向・意識調査
 ・第1章:調査概要
 ・第2章:日本のアート産業の市場推計結果
 ・第3章:美術品と美術関連品の購入構造​
 ・第4章:コロナ禍における新たなアート購入動向​
 ・第5章:美術品の輸出入

▶️第2部 美術品の価格データ分析調査
 ・第1章:日本の公開オークション分析(2020年)
 ・第2章:試作版アート指数の提案
 ・第3章:試作版アート指数と既存の指数との比較​
 ・第4章:試作版アート指数と既存のアート指数との比較
 ・第5章:試作版アート指数の課題と展望

▶️第3部 マーケットからの視点
 ・第1章:「美術品の購入動向・意識調査(第1部)」について
 ・第2章:「美術品の価格データ分析調査(第2部)」について
 ・第3章:今後の展望​

第 1 部:美術品の購入動向・意識調査

第1章:調査の概要

☑︎例年通りインターネットアンケートにて実施。 ☑︎性別、年代、職務状況、個人年収、世帯年収について日本全体の実際に分布に近い形で割り付けた(ただし所得が高い方は多めに回収)。
  • 本調査は主にインターネットアンケート会社が保有するモニターを対象としたアンケート調査に基づいている。アンケート調査は1次調査と2次調査の2段階に分けて実施した。1次調査ではこれまでと同規模の24,959サンプルの回収を行い、また、2次調査では、1次調査の回答者の中から「2020年4月以降に初めて美術品を購入した」人を対象としている。

  • なお、これまでの調査と同様に日本全体の市場規模を推計するために、1次調査においては総務省統計局「労働力調査」(2020年)を基に、「性(2区分)」、「年代(6区分)」、「就労状況(就業者・非就業者の2区分)」、「所得(就業者は個人年収により9区分、非就業者は世帯年収により6区分)」について日本全体の分布に近い形で回収した。また、所得が高い方が美術品をより購入していると考えられるため、個人所得・世帯所得が高い方に関しては実際の所得の分布よりも多く回収し、分析の際に日本全体の分布にあわせてウェイトバック集計(サンプルに重みづけをした集計)を行った。​

  • また、当初回収サンプルより、その購入額等に非現実性・矛盾 が存在するものに関しては、一定の基準を設け、分析対象より除外した。​


◇一次調査の回答者の基本属性

☑︎性別、年代、個人年収、世帯年収などについて日本の実際の分布に近い形に

一次調査の属性別の回答者数と割合


◇調査項目 

☑︎購入額に関しては過去3年間の金額を調査し、推計においてはそれを単年に換算している事に留意されたい。

■市場推計のために、例年調査している項目は以下のとおりである。


◇本調査におけるアート産業の定義

☑︎アート産業を「①美術品市場」、「②美術関連品市場」、「③美術関連サービス市場」の合計値として定義


参考)調査項目一覧


第2章:日本のアート産業の市場推計結果


◇問題意識及び調査結果サマリー・考察
【調査の背景・問題意識】
■​市場規模推計は、これまで同様のものが存在しなかったことから、我々が2016年に日本のアート産業に関する市場レポートを発表してから、​毎年継続的に推計・観測しているものである。
■​近年はアートマーケットが盛況であると言われているが、実態に即した議論を行うために、本調査も社会的役割が高まっていると考えている。
■​2020年からはアートマーケットもコロナの影響を大きく受け、このネガティブな影響と、上記のアートブームというボジティブな影響が同時並行していたことから、「2019年と比較して2021年はどのように変化したのか」という点に重きをおいて分析を行った。​​

【調査結果サマリー・考察】​
■コロナの影響が最も大きかった2020年と比較すると、2021年の美術品市場は回復したものの、2019年比では減少(15%減)となった。​
■美術関連品は、美術品以上の影響を受け、2019年比では大幅に減少した(51%)。美術関連品の主要な購入チャネルとなっている展覧会会場や美術館等のショップにおいて“密”や長時間の滞在を避けたり、手にとって品定めをできないことなどが影響したと推測される。​
■そのなか、購入者の構造はコロナ前後で大きく変化しており、高額購入者の割合が高まっている。オークションデータ等からも近年現代美術作家の作品価格が上昇していることもわかっており、購入者増だけではなく、単価増加が今後のマーケットに大きな影響を与えることが予測される。​

文責:綿江彰禅(一般社団法人芸術と創造)



◇2020年調査の結果サマリー
☑︎「①美術品市場」…2,186億円、「②美術関連品市場」…240億円、​
   「③美術関連サービス市場」…355億円 と推計。


参考)2021年調査の結果サマリー(昨年度結果との比較)​


◇ジャンル別市場規模

☑︎洋画、陶芸などが多く購入された。


ジャンル別の数値には重複が含まれるので、ジャンル別の美術品購入額合計はチャネル別の美術品購入額合計と数値が異なることに留意されたい。(美術品市場としては重複が存在しないチャネル別の値を採用している)

ジャンル別市場規模(2021年)


◇チャネル別市場規模

☑︎画廊・ギャラリーが主要チャネルに。


チャネル別市場規模(2021年)



◇市場規模の推移(1/2)

☑︎美術品市場は2019年と比べて15%減に。世界の減少幅(2018 年→ 2020年・26%減)と比べれば、減少は比較的緩やか。美術展を主たる販売チャネルとする美術関連品は激減。
◇市場規模の推移(2/2)

☑︎国内の画廊・ギャラリーは好調。百貨店は大きくは減少トレンドにある。​


◇世界の美術品市場の推移

☑︎2020年の規模は2019年比22%減の501億ドル(約52兆円)。2018年比では26%減。​


世界の美術品市場規模の推移


◇世界の美術品市場における割合

☑︎2020年の世界の市場規模(5.2兆円)に本調査の国内事業者の市場規模(1,929億円)を​あてはめると、日本の割合は3.7%と推計される。為替変動の影響もあり2019年の3.2%から上昇した。


※ 互いの調査の市場規模の推計方法・定義などが異なるため、あくまでも参考値としての位置づけであることに留意されたい 。​
Art Basel & UBS「The Art Market 2021」のデータは全世界の人々による、当該国内における美術品の取引額を推計しているのに対して、「日本のアート産業に関する市場レポート」では日本在住の日本人による美術品の購入額を推計している。

※ また、Art Basel & UBS「The Art Market 2021」において2019年の市場規模に修正が加えられているので、昨年度レポートの数値と一致していない。


世界の美術品市場の国別割合(2020年)


◇参考)世界の美術品市場における割合の推移


◇過去3年間における美術品購入金額別の人数と金額の割合​

☑︎コロナ前(2019年)と比較すると、現在は高額購入者の割合が高くなっている。

 

 

過去3年間における美術品購入金額別の人数割合と金


第3章:美術品と美術関連品の購入構造

◇問題意識及び調査結果サマリー・考察​

【調査の背景・問題意識】​
■日本では“美術品が売れない”と言われることが多い。本調査でも我が国の市場規模の世界に占める割合を3.7%と推計しており、この数字は日本の経済規模に比べると大きくはないともいえる。“美術品が売れない”理由についてはこれまで様々な仮説は議論されてきたが、それを検証するための材料は未だ十分でない。本調査では、この議論の材料の1つとするため、今回「美術品購入の目的」を調査した。
■​また、本調査では、「著名な絵画を複製したポスター・ポストカード、美術書、著名な絵画・彫刻等をモチーフとしたグッズ」の総称として「美術関連品」という言葉を定義している。例年の調査にて、美術関連品は、美術品の購入者数を上回っていることを紹介してきた。​このことから日本では“美術品は売れない”が“美術関連品は売れる”。言い換えると、日本人は「美術に囲まれた生活は強く志向している」と考えることもできる。今回調査では、この美術関連品(複製品)の購入構造についても明らかにした。​

【調査結果サマリー・考察】​
■美術品購入目的として、「居住空間に飾る」、「気に入って衝動的に購入」、「実用品として使う」が多いことがわかった。「居住空間に飾る」に関しては、元々日本の家は狭いと言われている中で、壁などの展示場所が一定程度埋まってしまえば、また、「実用品として使う」についても、実用品が充足してしまえば、それ以上購入するインセンティブを失う。今回調査にて「美術品購入に関心があっても購入していない人が多い」という結果が出たのも、購入において、このようなボトルネックがあることが要因かもしれない。
■​同時に購入目的として多かった、「気に入って衝動的に購入」も、習慣的な購入を促すものではない。一方で、習慣的な購入に繋がりやすい、「コレクションする」、「投資・運用」といった理由は少なかった(高額購入者では「コレクションする」は多数とはなるが、「投資・運用」は少なかった)。
■​また、美術関連品の購入理由は「好きな作品を飾りたいから」が圧倒的に多かった。
■​以上から、日本人の多くは美術品を純粋に楽しむために購入しているとも言えるし、場合によっては、好きな作品であれば本物の美術品かどうかの拘りは強くはないこともわかった。ある種、非常に物質的にアートを捉えている。そして、同時にそれがマーケット自体の停滞の要因にもなっているとも言えるのではないだろうか。「気軽にアートを愉しむ社会の実現」と「アートマーケットの拡大」は必ずしも、同軸上の概念でないのかもしれない。​

文責:綿江彰禅(一般社団法人芸術と創造)



◇美術品購入の目的​

☑︎「居住空間に飾る」、「気に入って衝動的に購入」、「実用品として使う」などが多い。​


◇美術品購入の目的 
※高額購入者(3年間で100万円以上)との比較

☑︎高額購入者は「コレクションする」、「作家を支援する」などが高い傾向。全体とはかなり構造が異なる。



◇美術品・複製品購入への関心​

☑︎ともに、関心があるのは4%、どちらかというと関心があるのが13~14%。


◇美術品と複製品購入への関心の構造

☑︎美術品・複製品のそれぞれに関心がある人は12%。いずれかに関心がある人は5~6%と限定的だった。​


◇美術品・複製品購入への関心と購入状況​

☑︎美術品購入に関心があっても過去3年間に実際に購入している人は2割
(「どちらかというと関心がある」人​では1割)。
複製品でも同様の傾向。関心があっても、実際の行動にはほぼつながっていない。​


◇複製品購入への関心の理由​

☑︎「好きな作品を飾りたいから」が圧倒的多数。
そのほか、「美術展や美術館の訪問とあわせて購入できるから(訪問の記念になるから)」、
「複製品のほうが作品の取り扱いを気にしなくて良いから」も多い。​


第4章:コロナ禍における新たなアート購入動向

◇問題意識及び調査結果サマリー・考察

【調査の背景・問題意識】
◼ コロナ禍をきっかけにリモートワークが一気に普及した。
※東京商工リサーチ「新型コロナウイルスに関するアンケート」によると2021年3月時点で大企業の69%、中小企業の33%が導入。
◼ リモートワークが増えると、「自宅で過ごす時間が増え、自宅の設えへの関心が高まる」、「会議等において自身の背景への配慮が高まる」との効果から、美術品への購入意欲も高まるのではないかという仮説を設定した。実際に、帝国データバンクによると、2020年度の家具・インテリア販売市
場は過去最大になったとの調査結果も出ている。
◼ この仮説を検証するために、2021年4月以降に美術品を初めて購入した方々を対象に、「購入のきっかけ」、「初めて購入したジャンル」、「購入チャネル」等の調査を行った(あわせて、新規購入者の取り込みにおけるチャネル別の強みと弱みも分析した)。

【調査結果サマリー・考察】
◼ 「新型コロナ感染症の拡大に伴い自宅にいる時間が増えたから」美術品を購入したと回答した方は、全体の18%であり、非常に大きな影響とは言えないが、リモートワークの浸透は美術品購入の後押しになっていることが明らかになった。
◼ コロナきっかけだけではなく、新規購入者の全体の分析では、チャネルとしての画廊・ギャラリーの強さが際立った。
◼ 画廊・ギャラリーは、「店舗ディスプレイや店舗内の作品が気に入ったから」という、“衝動買い”を取り込む力が強いことがわかった一方で、「物理的にアクセスの良い場所にないこと」、 「心理的に店舗に入りづらい・作品を見づらいこと」が弱みであることがわかった。
◼ 百貨店は、「多くの作家の作品を取り揃えていること」、「飾りやすい作品を取り揃えていること」を強みとしていることもわかった。ある意味、日本の画廊・ギャラリーが比較的小規模な事業者が多く、提供価値として十分でない部分を、百貨店が補完し、互いに美術品流通を支えてきた構造だともいえる。
◼ ただ、近年、地方では百貨店の撤退が相次ぐなどしている。これまでと同様に業界として消費者のニーズを満たすためには、日本の画廊・ギャラリー同士が互いに連携するなどして品揃えの多様性の強化、オンライン販売の強化などを真剣に目指すことも必要なのではないだろうか。

文責:綿江彰禅(一般社団法人芸術と創造)



◇自宅勤務の増減・程度別美術品の購入時期 

☑︎コロナ禍で自宅勤務が増えた人は全体よりも美術品を買う傾向。自宅勤務の程度も影響。


参考)美術品購入時期



◇購入のきっかけ

☑︎「たまたま気に入った作品を見つけたから」が圧倒的に多いが、
次いで、「新型コロナ感染症の拡大に伴い自宅にいる時間が増えたから」も多い。


◇はじめて購入したジャンル

☑︎洋画・陶芸などが多い。


◇購入にあたって意識したチャネル・はじめて購入したチャネル

☑︎ともに「国内の画廊・ギャラリー」が高く、本チャネルを意識してなくても購入している人も存在。
「国内の百貨店」は意識している人は多くないが、はじめての購入チャネルとしては選ばれやすい傾向。


◇各チャネルにて購入した理由

☑︎画廊・ギャラリーは「店舗ディスプレイや店舗内の作品が気に入ったから」、「好きな作家を扱っているから」、百貨店は「多くの作家の作品を取り揃えているから」、「飾りやすい作品を取り揃えているから」が多い傾向。


◇各チャネルにて購入しなかった理由

☑︎画廊・ギャラリーは「物理的にアクセスの良い場所にないから」、
「心理的に店舗に入りづらい・作品を見づらいから」が多い傾向。


参考)国内の画廊・ギャラリーで購入した理由


参考)国内の百貨店(通販、外商扱いも含む)購入した理由


参考)インターネットサイトで購入した理由


参考)国内の画廊・ギャラリーで購入しなかった理由


参考)国内の百貨店(通販、外商扱いも含む)で購入しなかった理由


参考)インターネットサイトで購入しなかった理由


第5章:美術品の輸出入

◇問題意識及び調査結果サマリー・考察

【調査の背景・問題意識】
◼ バブル期には最大で美術品の輸入だけで6,000億円近くにのぼった。
現在の美術品市場が約2,200億円なので輸入だけでも、その3倍の規模の美術品を扱っていたことになる。
◼ バブル後の1992年には、10分の1の600億円を割り込み、一時は100億円台まで落ち込んだ。
1992年以降、30年近く一度も600億円を上回ったことがない。
◼ この間、従来は注視するに足らなかった輸出がわずかずつ増加し、2013年には分析対象期間(1988年~)のなかで、輸入と輸出が初めて逆転した(その後は再度輸入が上回っている)。むしろ、近年は輸出商材としての位置づけとしても注目される。
◼ Art Price のレポートを元に、世界におけるオークションの落札額が年間で大きい500人の現代アーティストをみてみると、2010年には15人の日本人アーティストが含まれていたが、2020年には29人に倍増している。
現代アートに限っていえば、日本のアートは世界から商業的にも価値があがっている。
◼ あわせて、貿易統計は現在、美術品の取引に係る実数把握の拠り所となる唯一の政府統計としても貴重な情報であることも補足しておきたい。(他の政府統計では「美術品」単独についての分析は不可)。

【調査結果サマリー・考察】
◼ 輸出入ともに2020年は減少(輸出は特に大きく減少)したが、2021年は一転してともに増加に転じた。昨今の日本の現代アートの値上がりなどを踏まえると、我々の予想よりも輸出の伸びは小さかった。
◼ コロナの収束の兆しが見え、一気に物流が活性化し、パンク状態となっているとも言われている。 取引の喫緊制の低い美術品は、よりこの影響を大きく受けているとも考えられる。 来年以降にニーズの拡大を反映して大きく数字が変動するかもしれない。引き続きモニタリングを行いたい。
 



文責:綿江彰禅(一般社団法人芸術と創造) 


◇調査方法・調査対象

☑︎分析においては財務省「貿易統計」を活用し、分析対象は「書画」、「コラージュその他これに類する装飾板」、「銅版画、木版画、石版画その他の版画」、「彫刻、塑像、鋳 像その他これらに類する物品」とし、これら4つの区分をあわせて美術品と定義し た。




◇美術品の輸出入額の推移


◇美術品の輸出入額の推移

☑︎輸入は、2018~2019年は前年比減となったが、2020~2021年は増加。
輸出は、2020年に激減。2021年は若干の回復。


◇書画の輸出入数の推移

☑︎輸出数で見ても2020年以降の輸出は低調。


◇書画の輸出入数の単価の推移

☑︎輸出と比べて、輸入の単価高の傾向は続いている。


第2部:美術品の価格データ分析調査
 
第1章:日本の公開オークション分析(2020年) 

☑︎2020年のアートオークション市場は落札件数は多いものの、総売買代金は低下


コロナ禍の影響を受け、2020年は2019年よりも総売買代金や落札件数、落札価格の平均値が下がるのではないかという仮説を持って、収集したデータを確認した。その結果、総売買代金は2019年の方が高くなり、仮説通りとなっていた。しかし、2018年までと比べると高い値を示している。2019年まで上がり調子だった国内のアートオークション市場は、順調にいけば2020年は2019年を上回る力があったのかもしれない。そのため、2019年よりも下がっているものの、取引の頻度はそこまで変わっていないと推測した。
次に落札件数を見ると、2020年は2019年よりも多くなっており、上がり調子を維持していた。ここで総売買代金を落札件数で除算した平均値を見ると、2019年の方が高くなっていた。つまり、取引回数については2020年の方が多いが、出品された作品の落札価格は2019年の方が高いものが揃っていた可能性がある。落札価格の中央値も2019年の方が高い値だったため、そのような傾向があるようだ。
2020年のアートオークション市場は世界的に厳しい状態となったが、特徴的なこととして、オンラインのオークションが活発になったことが挙げられる。ArtBaselとUBSが発行している「The Art Market 2021」を見ると、2020年の世界の総売買代金の約25%はオンラインで取引されていたとある。国内に目を向けると、コロナ前から電話で入札ができるサービスや、事前にそのオークションハウスのウェブサイトから入札できる仕組みはあった。しかし、コロナ禍を経て、完全にオンラインのオークションを開催するケースや、会場でのオークションを主体としてオンライン参加も可能にするケースも見られるようになった。作品を実際に目にできないなどオンラインならではの弊害はあるが、国内のアートオークション市場にもオンライン化が訪れているようだ。
その結果として、収集した2020年のデータは、2019年に比べて落札件数は多いが、平均値や中央値が低く、総売買代金も低くなっていた可能性がある。
もし、オンラインのオークションで扱われる作品ないし扱いやすい作品の多くが低価格帯であるのなら、落札件数は増えても総売買代金は伸びない。これはあくまで数値からの推測であるが、オンラインオークションが活況になることで、取引状況が今までと違う傾向を示す可能性はゼロではない。もちろん、国内のオークションハウスのデジタル化、オンライン化は過渡期である。オフラインを重視する傾向は今後も続くかもしれない。しかし、近年話題のNFTのようにオンラインが主戦場のアート作品も登場している。今後は一層、アートオークション市場もオンラインへの意識を強めていく点は確かだと思われる。


第2章:試作版アート指数の提案

◇試作版アート指数の提案①
資産としてのアート、リスクリターンを計量
アートの投資性資産としての価値

欧米を中心に富裕層は自身の資産ポートフォリオを株や不動産などの良く知られたアセットクラスに割り当てるだけでなく、アートにも投資する。根源的な動機付けは、資産としてのアートが持つ「資産防衛力」にある、というのが実際の姿だ。結論から言えば、アートは伝統的な金融資産とは異なる値動きをする実
物資産だ。
アセットクラスの管理は、二つに分かれる。一つは資産に働いてもらい、相応のリターンを得ること。もう一つはその裏側で、ある資産が減ってしまうリスクをなるべく低下させることにある。そのために、複数の異なる値動きをするアセットクラスに分散投資することは、資産管理の世界では一般的だ。この文脈におけるアートの資産としての役割は大きい。
では、アートの価値をどのように測るのか。アートの価値には時代や環境に応じた美術的な重要性や歴史的な評価も関わるが、一般的な経済原理の法則から外れることは基本的にはないだろう。そういう意味では、過去の価格データを分析することは重要である。資産としてアートを見るなら猶更だ。
そのために、株価指数のように市場の状況を把握できる指標が、アートにも必要だろう。価格データを揃えて統計的に処理を行えば、理論的には作成可能である。そのようなツールがあると実物資産としてアートを捉える敷居が一段と下がるのではないだろうか。株式や債券のように市場全体のリターンを可視化でき、経年に渡り俯瞰できる指数があれば、アートを実物の投資性資産として扱うことも視野に入ってくる。この意味は非常に重要だ。つまり、リスクとリターンの管理ができるようになると、金融資産と比較しながらアートをポートフォリオ上で扱うことができる可能性が出てくるのだ。こうしたベンチマークが安定的に供給されるようになると、情報の非対称性の解消にも寄与するし、人類の至宝ともいえるマスターピースがカストディ体制のしっかりした場所で安定して管理されるよう社会浸透していくものと考えられる。言い換えれば、文化財保護にも寄与することを意味する。しかも、それはすべて民間の資金で自助的に賄われる。
本章では、このテーマがチャレンジングなものであるという認識の下、試作したアートの指数を用いて考察を行っていく。国内のアートオークション市場を概観し、既存の金融資産と比較していく。 


◇オークション市場における落札価格の特徴②
アート指数の定義
スクリーニングを行い、売買代金上位50%の作家を指数化

アートを実物資産として扱うためには、玉石混交の中から資産として扱うことが可能なアートを特定する必要がある。当然、選定においては恣意性をなるべく排除し、シンプルな基準であり、且つ、市場原理から資産性を持っていると判断できることが最低限の条件と言えるだろう(それ以上の条件整備は市場の成熟度に依存するため、現段階では困難である)。
こうしたスクリーニングを経た一群のデータは、次に指数化する必要がある。伝統的な金融資産である株式や債券のように、一定の関数を適用することで市場全体の健康状況を把握できるようにするためだ。そうでなければ、投資家は安心してアート作品に安定的で硬質性のある資産価値を見出すことができず、自ずと市場全体の価値が
下がっていってしまう懸念がある。従って、今回試作したアート指数は、資産性のあるアート作品のみを対象とした。それらの作品群で構成された指数を、市場全体を概観できる指標となるものとして作成した。
市場全体を概観する場合、TOPIXが上場銘柄全てを対象にするように国内のアートオークション市場に作品が出品されている全作家を対象にする方法もある。しかし、実際のデータを見ると、実物資産として十分な流動性を担保できる取引の多い作家ばかりではない。流動性のない作家を入れてしまうと、資産性を示すベンチマークとしてのアート指数の機能を発揮できない可能性があるため、今回はスクリーニングを行った上で指数開発を行っている。なお、本指数の著作を含む一切の権利は株式会社QUICKに帰属する。


◇試作版アート指数の提案③
アート指数算出プロセス

「Domestic Art」「Contemporary Art」「Foreign Art」の3作品群の設定

本指数を算出するプロセスは大まかに分けて、図1の通りである。まず、対象年を含めた過去5年間(2006年の場合、2002年~2006年)の作家別の取得価額ベースの売買代金を集計して、上位50%に入る作家を選んだ。作家数としては半数に限られるが、各年の総売買代金の9割以上を占めるため、市場全体を表す作家を選定できたと判断している。絞った作家の作品は日本画や現代アートなどのカテゴリーごとに分類されているため、そのカテゴリーを更に、国内のみで流通のある作家の作品群か国際的にも流通のある作家の作品群かどうかの観点で分類した。実物資産としてアートを捉えると、市場での取引が頻繁にあるかどうかが重要になる。いつ出品しても入手時と同程度の金額で売却できる換金性は欠かせないが、入手時以上の金額で売却できるだけの流動性も必要だ。流動性という点から見ると、国内のオークション市場のみで取引できる作品は、国際的なオークション市場で取引される作品に比べて流動性が低いと言える。出品できる市場が限定されていると、その分の流動性は下がる。そのような考えの下、今回開発した指数は「Domestic Art」「Contemporary Art」「Foreign Art」の三つに大別した。

Domestic Art: 日本国内を中心に流通する流動性のある作家群。国内の市場では流通量があり取引も活発だが、海外市場ではあまり取引がない。
Contemporary Art:現代アートの作家群(=国内外で流通する作家群)。上記と異なり、国際的に流動性のある作品群となっている。
Foreign Art: Contemporary Artに属さない海外の作家群。現代アート以外のカテゴリーに分類される国際的に取引のある作品が該当。
近代の作品など現代アートと比較すると流通量は多くないが、海外でも取引があり、流動性が十分にある作品が揃っている。


◇試作版アート指数の提案④
各カテゴリーの経年変化を概観

「Domestic Art」と「Contemporary Art」は対照的な動き

ここでは、各作品群で試算したアート指数の特徴について、経年での変化や差異を比較して述べていく。 なお、アートは保有期間の長い資産のため、アート指数も相応の期間が必要になるが、今回は用意できた2006年から2019年のデータを見ていく(図3)。
Domestic Art: 2006年からずっと下がり続け、2009年辺りから500近くを動いている。2006年に取引された平均価格の半分くらいで推移しており、2009年辺りで購入した作品を2019年に売却すると、同程度の金額になる換金性はありそうだ。しかし、それ以上の金額が付くような流動性は見られない。もちろん、個別の作家や作品を見るとこの限りではないが、「Domestic Art」全体は流動性はあまりないと言える。
Contemporary Art:上がり下がりはあるものの、2009年以降は上がり調子で、売却時に購入時の金額を上回る可能性が高い。3つの作品群の中で一番流動性が高いと言える。もしも2007年時点で作品を購入していて2019年に売却しようとすると換金性があるかどうかという状態ではある。
Foreign Art: 「Contemporary Art」のように1000以上の値を取り続けているが、比較すると2014年以降は低調になっている。それでも「Domestic Art」よりも高い値を維持している。ここで重要なのは、いつ購入した作品を所有しているかということだ。2009年から2013年に購入した作品を2014年に売却した場合、購入時より高い値がついて流動性があると言えるだろう。しかし、2014年を境に下がり調子となっているため、2019年に売却すると換金性の維持も危うい。
全作家群を俯瞰すると、2008年のリーマンショックの翌年2009年に全作品群で前年よりも大幅に低い値となっている。2008年後半のオークションよりも、2009年のオークションの方が低調だったことから、金融市場より遅行してリーマンショックの影響が出ていると考えられる。つまり、アート指数は金融市場の遅行指標としても捉えられるかもしれない。


第3章:試作版アート指数と既存の指数・金融商品との比較

◇試作版アート指数と既存の指数・金融商品との比較①
S&P500
「Contemporary Art」と強い正の相関

アートは低流動性資産としての特徴を持っており、ポートフォリオに組み込む場合、伝統的な金融資産である流動性の高い資産と共に管理することは難しいものの、リバランスを行い最適化するニーズがある。アート指数はそのような利用を仮定して試作している。ここでは、実際に既存の株価指数とどのように比較できるのかを見ていく。アート指数を既存の指数と比較するために、比較対象の指数も2006年を1000としてスコア化した。
まず、海外の指数の代表としてS&P500と比較する。図9にS&P500を含めたチャートを作成した。灰色の線がS&P500で、他の色の線は凡例のように各作品群を表している。S&P500のチャートを見ると、2008年のリーマンショックで大きく下落しているが、以降は2017年までは上がり調子を維持している。2018年に下げたが2019年には大幅に上がっており、2006年から通してみると好調を維持している。そのようなS&P500と比較すると、「Domestic Art」は低調を維持していることが明確になる。「Foreign Art」は2009年から2010年までの特定の期間のみ同じように上がっているが、他の期間は全く異なる動きとなっていた。「Contemporary Art」については、2009年以降は上がり調子な点は共通していて、S&P500が先行して2008年、2018年に下がり、後から、2009年と2019年に「Contemporary Art」は下げていた。金融市場に遅行してアート指数が動く特徴が見られた。なお、全体の傾向として伸びている点は似ていた。表1の相関係数を見ると、国際的に取引される作品群である「Contemporary Art」とは強い正の相関があり、チャートから読み取れたように強い関連性があることが分かった。「Foreign Art」とは弱い正の相関、「Domestic Art」とは非常に弱い負の相関となっていた。


◇試作版アート指数と既存の指数・金融商品との比較②
TOPIX
「Contemporary Art」と強い正の相関

図5のようにチャートを描くと、TOPIXは2006年から2009年までは「DomesticArt」と同じような動きをしているが、TOPIXは2008年時点でリーマンショックの影響を受けて大きく下げていた。株価指数は金融危機の影響をすぐに受け、アート指数は遅行して影響を受けるという特徴が見て取れる。
2009年から2012年までのTOPIXは「Domestic Art」と同様に低調が続いているが、2013年からは伸び始め、2017年までは「Contemporary Art」と同じような形になっていた。2012年からアベノミクスが始まりその効果をTOPIXが受けているが、「Contemporary Art」の作品群にも資金が流れるのかもしれない。2018年にTOPIXが下がった時には「Contemporary Art」が上がっているが、2019年になるとTOPIXは上がり「Contemporary Art」は下がっている。「Contemporary Art」は、金融市場の低調を翌年の2019年に受けている可能性を示唆していると言える。
「Foreign Art」との比較では、大きく見るとTOPIXが上がっている時期に「ForeignArt」も上がっているように見えるが、一時的なので関連性は見つけにくい。「ForeignArt」は国内株式市場の影響を受けずに動いているという可能性が考えられる。
表2の相関係数を見ると、「Contemporary Art」はS&P500と同様に強い正の相関が見られた。チャートからも読み取れたように、国内株式市場が上昇すると、それに合わせて「Contemporary Art」も上がっていく傾向が強い。一方、「Domestic Art」は非常の弱い正の相関で、統計的に見てもTOPIXと関連のある動きはなかった。「Foreign Art」については、強くはないが正の相関が見られた。チャートを見た際に、TOPIXの上昇時に一時的に伸びていた時期があったが、それも統計的には関係性があると言えそうだ。


◇試作版アート指数と既存の指数・金融商品との比較③
Bitcoin
暗号資産の歴史の短さから比較が難しい

次に株式以外の主要な金融商品等とアート指数を比較していく。まず、近年話題となっているBitcoin(情報提供元bitFlyer)を取り上げる。Bitcoinは実態のない金融商品であり、投機的な側面が非常に強い。そのため、資産運用の観点からポートフォリオに組み入れるのは向いていないとされている。しかし、大きなリターンを望んで売
買する人は多い。その認識の下、アート指数と比較した場合に何か特徴的なことが言えるのかを見ていく。
Bitcoinのデータは2014年以降しか存在しないため、2014年を基準として相対値を算出した。また、Bitcoinとアート指数では値に大きな開きがあるため、対数グラフとした。その結果が、図6である。凡例のように、灰色の線がBitcoinを示しているが、明らかにアート指数とは異なる動きをしている。実際、相関係数は表3のように低くなっていた。


◇試作版アート指数と既存の指数・金融商品との比較④
NYMEX Gold
「Domestic Art」とは負の相関

金はリスク回避の資産としてニーズが高い資産だ。それとアート指数の関係性を見ていく。図7に描画したように、灰色の線がNYMEX Gold、他の色の線は凡例のように各作品群を表している。 NYMEX Goldは2008年は伸びが弱くなっているが、下がりはせず2012年まで上がっていく。2018年以降は2000近辺を維持しているものの、伸びは少ない。2019年には再び上がり始めている。金は市場のリスクが高まると資産の逃避先として買われやすく、価格が上昇する。言い換えると、株式や通貨などと反比例して動くため、株式市場が低調だった時期には好調で、株式市場が好調になると低調になる。図9のS&P500と併せて見ると、そのような違いが分かる。
アート指数と比較してみると、どの作品群とも動きが似ていない。特定の期間で同じように上がったり下がったりしている部分はあるが、全体的には異なる動きになっている。しかし、表4の相関係数を見ると、「Domestic Art」については強い負の相関があった。つまり、「Domestic Art」のみNYMEX Goldと逆の方向に動く強い関連性があると言える。


◇試作版アート指数と既存の指数・金融商品との比較⑤
WTI原油
どの作品群とも強い相関関係が見られず

WTI原油の先物やETFは個人のポートフォリオに積極的に入れるケースは多くないが、金融商品の代表的な存在であるため、取り上げる。今までと同様に、図8にチャートで示した。凡例のように、灰色の線がWTI原油で、どの作品群のアート指数とも全く違う動きをしている。原油は値動きが激しい資産だが、チャートを見るとボラティリティが大きく、その特徴がよく見える。
アート指数と比較すると、「Contemporary Art」や「Domestic Art」とはあまり似た動きは見えず、特定の期間に同じように下がっているが、全体としての共通点は見られない。「Foreign Art」についても共通点は見られないが、特徴的な動きは見られた。「Foreign Art」が低調だとWTI原油が好調で、「Foreign Art」が好調になるとWTI原油が低調になっている。表5の相関係数を見ると、「Foreign Art」は強くはないが負の相関が見られた。


◇試作版アート指数と既存の指数・金融商品との比較⑥
米国債
どの作品群とも強い相関関係が見られず

米国債は日本国債よりも利回りが高い傾向が続き、経済大国であるアメリカの国債であることからも、長期投資向きと言われている。個人でもポートフォリオに組み入れるケースは多い。そのような米国債10年の単価(情報提供元ParametaSolutions)を図9のチャートに描画した。アート指数は価格のデータから算出しているため、米国債も複利ではなく単価を利用している。
米国債10年の単価は2006年から2008年に掛けて上がり調子になっているが、この時期はリーマンショックの影響で安全資産とされている米国債に資金が流れた結果と考えられる。その後、経済が回復すると下がり、2019年まで1000近辺を推移していた。株式に比べると安全な資産と言われている通り、安定した動きを見せている。
米国債とアート指数のチャートを比べると、どの作品群とも全く違う動きをしていた。表6の相関係数を見ても、全ての作品群で強い相関は見られず、特に「Contemporary Art」とは非常に弱い正の相関となっていた。


第4章:試作版アート指数と既存のアート指数との比較

◇試作版アート指数と既存のアート指数との比較
「Artprice Indexes」から実用化に必要なポイントを読み解く

実際に資産としてアートを売買する際には、今回のアート指数では十分ではないことも確かである。国際的に利用されているアート指数の内、データが公開されている「ArtpriceIndexes」と比較して、そこからアート指数の実用化に必要な点を探る。
「Artprice Indexes」はフランスの美術品価格情報提供会社 ArtMarket.com およびその部門であArtprice.com が提供しており、1998年から算出を開始して、1年に4回、4半期ごとに算出している。すでに23年間分のデータが存在しているため、長期保有が前提のアートにおいて、十分な期間を参照できる指数になっている。また、算出間隔が1年以下の短い期間になっていた。
「Artprice Indexes」の算出対象は Artprice.com が収集したアンティークや家具を除いた取引データで、この点は今回の試作版と共通していた。しかし、算出した指数は総合指数に相当する「Global Index」と、絵画や彫刻などの作品分類ごとの指数、作家の誕生年で現代や戦後などに分類した指数などの3種類以上ある。予め、資産性や流動性に着目して作家を選定した上で算出した指数としては「Artprice100」があり、基準を満たした作家100名のみで構成されている。
図10では「Artprice Indexes」と今回試作したアート指数をまとめて描画した。「Artprice Indexes」は「Global Index」と作家の誕生年で現代や戦後などに分類した指数群を対象としている。なお、「Artprice Indexes」は1998年を100として相対値を算出しているため、それに合わせて試作版も100を基準値として変換した。結果として、「Artprice Indexes」の総合指数にあたる「Global Index」は最高でも200台であり試作版アート指数との差は大きくない。しかし、「Post-War」や「Contemporary」といった指数のパフォーマンスは試作版アート指数のいずれよりも高い。ここから分かることは、総合指数のみで把握できるトレンドは限られるため、「Post-War」や「Contemporary」のような作家や作品を適切に分類した指数を持つのが望ましいということだ。
以上から実用されるアート指数には、算出期間や算出間隔の考慮、市場全体を把握できる総合指数と分野ごとの状況を読み解く指数の用意が必要だと考えられた。


第5章:試作版アート指数の課題と展望

◇試作版アート指数の課題と展望
アートマーケットの拡大の一助を目指す


今回の試作版アート指数は、国内のアートマーケットを概観し、金融商品と比較するためのツールとして作成した。そして、実際にアート指数からはどのようにアートマーケットを読み解けるか、既存の指数や金融商品と比較すると何が分かるかを考察して、その特徴を見てきた。アートを金融資産と共にポートフォリオに組み入れるためには、ベンチマークとなる指標が必要だ。今回の試みはその安定供給のための第一歩であり、アートマーケットにおける情報の非対称性の解消や透明性の向上につながる取り組みである。チャレンジングではあるが、算出した範囲ではマーケットの状況を確認できるなど一定の成果を得られたと認識している。
一方、国内のアートオークション市場に精通している専門家や金融業界の専門家に取材したところ、実用化までに対応すべき課題も見つかった。例えば、算出期間を長くするべきではないかという意見があった。アートは株などのように頻繁に取引するものではなく長期保有される傾向がある。そのため、その期間以上のデータが必要だというものだ。他にも指摘はあったが、 いずれも試作版アート指数が実用化されるために対応が必要な課題であった。
次の段階では、海外のデータを取り込んで課題に対応していく。資産としてのアートを考えると、海外でも取引される作家や作品であることが重要である。その意味でも海外のオークション会社のデータを加え、設計や分析の精度を高めていきたい。また、海外のデータを扱うことで日本と海外のアートマーケットの比較も可能になるため、日本のアートマーケットの特徴や日本出身の作家のアートマーケットにおける傾向の分析を進めていく。このような対応を通じて、日本のアートマーケットや日本出身の作家を新たな角度から捉えることで、新規の顧客獲得や国内のアートマーケットの拡大の布石となるように進めていきたい。


第3部: アートフェア東京としての考察

第1章:「美術品の購入動向・意識調査(第1部)」について
◇「日本のアート産業の市場推計結果(第2章)」について
コロナ禍で世界をアウトパフォームしている日本のアートマーケット、今後の成長には信用の構築が必要

◼ コロナ禍の影響で2020年は世界のアートマーケットの売上が22%低下したものの、日本での減少幅は限定的であったというのは、ギャラリー等の休業期間がほぼ一緒(平均9週間との報告もある)とした時に、世界のアートマーケットはクロスボーダーの売買が多いため、国を跨いだ移動の制限の影響を大きく受け、日本国内では、日本人作家の作品を日本人が購入することが多いため、減少幅が限定的であったと推測される。
◼ また、昨年では百貨店とギャラリーが拮抗していたものの、今回はギャラリーが大きく躍進する結果となった。これは、昨年多くの雑誌がアートマーケットの実情についての特集を組んだり、アートフェアなどによってギャラリーに関する情報が増加したことによるものであろう。その結果、価格競争力のない百貨店からギャラリーへ購買の場がうつることは自然であると考える。
◼ 一方で、インターネットでの販売が伸びないのは、意外とも思われる。EC全体では、コロナ禍もあり、実店舗からのシフトが顕著であるが、日本のアートマーケットでは、伸び悩んでいる。商品ラインナップが、知名度の低い・低価格の若手作家に偏っていることや、サイトの信頼性をどう見せるかに課題があるのであろう。
◼ 美術館がコロナ禍での休館を余儀なくされたために、入館料を含む美術関連サービス市場は大きく落ち込んだ。一方で美術品市場は減少幅が限定的であったということは、美術館を見に行く人と美術品を購入する人は別々である可能性が高い。美術品を購入する人が見に行くような、現代美術の展覧会が増えることがきた期待される。
◼ また、購入金額が高額になってきているので、蒐集から投資目的での美術品購入となっている。この傾向が続くことを今後も期待したい。
◼ 本章の調査に関しては、ジャンル別市場規模でのジャンルが現状に即していないので、改変を期待したい。


◇「美術品と美術関連品の購入構造(第3章)」について
美術品: 幅広い価格帯の中で、レンジごとに動向を分析することが必要


◼ 美術品は数千円〜500億円までの極めて価格帯のとても広い商品である。100万円以下で主にインテリア目的での購入となり、プレゼントとしても購入されている。100万円以上ではコレクション目的が主となっていることがわかった。
◼ 美術品・アート作品というワードで著されているが、実際には価格帯に伴い、商品性が異なるため、今後は価格帯によって区別して分析する必要が高まるだろう。
◼ 企業会計上は、1点30万円で一括償却、30万円~100万円で7年定率減価償却、100万円以上は資産計上となっている。これを、それぞれ美術関連品、美術工芸品、美術品と呼ぶこともできよう。

美術関連品:
美術展覧会で世界的に圧倒的な来場者数を誇る日本ならではの商品

◼ ポスターがメインなのかもしれないが、インテリアとして壁を埋めるために購入するというのが、最も多い理由であるが、ベースには美術館に行った記念というのがあるのであろう。カタログなどは、美術品購入をしている層も購入するであろう。
◼ 好きというのはなかなか難しい。見たことがあるからや有名だからということも好きに含まれることがある。
◼ 絵画のポスターを通じてアートマーケットに参加するという方法はあるのだろうか?
◼ 展覧会来訪記念や美術の裾野を広げるという目的以外の、例えばアートマーケットに参加する手段としての美術関連品を模索しても良いのかもしれない。


◇「コロナ禍における新たなアート購入動向(第4章)」について
ギャラリーでの購入が主体に。
インターネットサイトでの購入は信頼性がカギ。

◼ コロナ禍で現代アートがかなり買われている実感があり、実際アートフェア東京2021では営業時間の短縮にも関わらず、過去最高の売り上げとなった。
各ギャラリーでは新たなコレクター層の出現を報告しているが、本章によってその動向が明らかになった。
◼ 価格帯による切り分けをしていないので、どの程度の美術品かわからないがミュージアムショップを母数から除いた中で、アートフェアも含めたギャラリーでの購入が購入チャネルの半分近くとなった。インターネットサイトと百貨店はどちらも15%程度。東京でもギャラリーコンプレックスができたり、アート系以外のメディアでもアートギャラリーが取り上げられた結果、アートギャラリーの認知が広がり、メインの購入チャネルとなった。
◼ ギャラリーでの購入動機は、展示の良さと所属作家という、真っ当な結果であり、今後もギャラリーでの購入が伸びていくことを感じさせる。さらに、作品のおすすめする力などが増えてくることが期待される。また、百貨店よりもリーズナブルに買えるので、価格についての理由も出てくることが期待される。
◼ インターネットサイトでの購入では、手軽ではあるものの、信頼できるサイトかどうかわからない(贋作の可能性)、そして低価格のものしか販売していないという問題での伸び悩みとなった。
◼ ギャラリーでの購入が主流となってきたので、海外アートマーケットのように今後はどのギャラリーで購入するかが作品購入の大きな理由となっていくことが期待される。


◇「美術品の輸出入(第5章)」について
クロスボーダーでの売買が増加することを期待(輸出入ともに)

◼ 1988年からのグラフであるが、現在に至るまでほぼ常に輸入の方が輸出を上回っているということが興味深い。本章データのみがサプライサイドの信頼できる統計であり(推計ではない)、その数字が常に日本が美術品を買い越している結果である。
◼ 海外で高値ばかり買わされていて、安値で買い戻されているとばかりは言えないと思うので、日本は美術館を含めたコレクター大国なのかもしれない。
◼ 例えば、この1988年に多くの地方公立美術館が手頃なサイズのピカソを1〜2億円で購入してきたが、現在の取引価格は20〜30億円である。実は埋蔵アート資産はそれなりの規模かもしれない。
◼ アート後進国を自称してしまうこの国ではあるが、見直す必要があるかもしれない。
◼ また、作品価格の高い日本人の中堅・トップの作家が輩出されて輸出額も増加することが期待される。
◼ 本章でも第2章同様、現状に即したジャンルの再編が期待される。


第2章:「美術品の価格データ分析調査(第2部)」について

◇「美術品の価格データ分析調査(第2部)」について
マーケットフロンティアを把握する重要性

◼ 今回の試作版アート指数について、まだ改良の余地はあるものの、まず、値動きによって幾つかの商品性に分けられること、そして、他の商品とのパフォーマンスの比較をしたというのは、初めてのことであり、特筆すべきことだと思う。これにより、我々は、現況及び今後の見通しの中でアートに投資すべきかどうかを考えることができるようになった。
◼ 今後は個別の作品のパフォーマンスをこの指数に対して測ることができるようになるほど、この指数の精度を上げることが求められる。通常、個別株価はそのマーケットの指数に対して、アウトパフォームもしくはアンダーパフォームしているかで語られる。
◼ このアート指数がさらに国別のマーケットによって算出され、それらが比較できるようになったら、さらに面白い。
◼ 価格分析が進んで、アートを買うということが、どういうリスクを取っているか認識できるようになることを目指したいと思います。


第3章:今後の展望

◇今後の展望
アートマーケットの成長の一助となるよう



◼ 6年目となった今回の調査で、本事業の今後の方向性がかなり明確に示せたと思う。
◼ 当初はアートを購入するという、どごにいるのかわからない数少ない人物像(ペルソナ)を捉えるという目的が強かったが、5年経ってアートを購入するのがそれほど特別ではなくなってきたので、最近は購入チャネルの調査や価格帯ごとの動向調査などにシフトしてきた。
◼ 本調査は継続するが、今後はさらにアートの商品性の向上を助けるような方向にシフトしていきたい。そのためにはギャラリーの質の向上も求められる。
◼ さらに今後はメディアの向上に期待したい。日本ではアートメディアが報じるのは、作家・作品の作風のみで、ジャンルごとのマーケットの推移や各作家の作品の割高・割安などの情報はない。海外では普通に記事として報じられている。
◼ 既得権益者には都合の悪いこともあるだろうが、マーケットが拡大していくには価格の透明性と、売買の材料となるような情報が十分に供給される必要がある。
◼ 購買量の推計と、その意識調査から始まった本調査ではあるが、今後はアートマーケットの成長の一助となるよう、調査・分析を広げ、ひいては新たな提言を行えることを目標としていきたい。


文化庁委託事業「令和3年度次代の文化を創造する新進芸術家育成事業」
「日本のアート産業に関する市場レポート 2021」

主催 :文化庁/一般社団法人 アート東京
制作 :エートーキョー株式会社
調査設計・分析・レポート作成: 第1部 一般社団法人 芸術と創造

第2部 株式会社QUICK
第3部 エートーキョー株式会社

調査体制
・北島輝一:エートーキョー株式会社 代表取締役

・綿江彰禅:一般社団法人 芸術と創造 代表理事

・石井陽子:株式会社QUICK ITインフラ本部

・唐渡広志:富山大学 経済学部

・小川敦生:多摩美術大学 芸術学科研究室

・竹下智:株式会社野村資本市場研究所 主任研究員


本調査に関するお問い合わせ先



エートーキョー株式会社:https://atokyo.jp

一般社団法人芸術と創造:http://www.pac.asia

株式会社Quick:https://corporate.quick.co.jp


過去のレポート

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市場調査2016
日本全体の美術品市場規模をに関する市場規模を算出。美術品市場は2,431億と推計しました。
日本のアート産業に関する
市場調査2017
日本の美術品市場規模は2016年実施の同調査の2,431億円から微増の2,437億円と推計しました。
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市場調査2018
2018年の美術品市場規模を2,460億円と推計しました。2016年、2017年に続き3年連続で増加という結果。
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市場調査2019
日本全体の美術品市場規模を2,580億円と推計。1年間の伸び率は4.9%、本調査開始以来最も大きくなった。
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