出所:「日本のアート産業に関する市場調査2019」(一社)アート東京・(一社)芸術と創造Source
※財務省「関税定率法第4条の7に規定する財務省令で定める外国為替相場」を基に「平成30年12月30日から平成31年1月5日まで」の為替1ドル≒112.43円を適用した。
一方、世界最大のアートフェア「アート・バーゼル」とスイスの金融グループ「UBS」が2019年3月に発表したレポート「The Art Market 2019」によると、世界の美術品市場の状況は、2014年に過去最高の約682億ドルに達して以降、2016年まで2年連続で減少し569億ドルとなっていたが、2017年から2年連続で拡大し674億ドル(約7.58兆円)と回復傾向にある (図2)。
2019年11月に発表された世界の100万ドル以上の資産をもつ富裕層の数ランキング( 出所:Credit Suisse「Global Wealth Report2019」では、日本は、1位米国、2位中国に次いで3位となっている。4位は英国、5位ドイツと続く(図4)。
日本においては、経済指標である日経平均株価は、29年ぶりの水準で2019年(令和元年)の終値を付けており、美術品市場も、例年以上に拡大傾向となった。美術品市場トップ3の米国、英国、中国と比較して、富裕層数のランキング3位である日本は、経済や治安の面でもむしろ安定しており、美術品市場の潜在的な伸びしろは、依然高いと考えられる。
世界のアート市場の中でも「アートフェア市場規模」は2010年の85億ドルと比較して、約2倍の165億ドル(1.85兆円)に拡大(The Art Market 2017・2018・2019)「アートフェア東京」の実績を見ると、2011年以降、出展ギャラリーの総売り上げは 、毎年大きく増加傾向にあり、2019年3月の「アートフェア東京2019」では、過去最多の来場者(60,717人)となり、出展ギャラリー160軒の総売上げも過去最高の29.7億円を記録、この5年間を見ると2014年の9.5億円から3倍以上に急拡大している。本調査に基づいて、日本の美術品市場の”今”を見てみよう。
■多様なジャンルに支えられる日本の美術品市場
ジャンル別の美術品の市場規模は、日本画(513億円)、洋画(434億円)、陶芸(382億円)に続き、現代美術(平面)(317億円)となる。
グローバルアート市場・投資機会の拡大の中、アジアの最東方に位置する日本は、地理的・歴史的にも常に世界中の芸術・文化を取り入れて独自のアートシーンを発展させてきた。世界に先駆けて、古美術から現代アートまでが一堂に会するフェアを開催してきたAFTのように、日本の美術品市場は、欧米で主流の近代・現代アートだけでなく、日本画、陶芸、工芸、掛軸・屏風書など、日本の美術史に紐づいた多様なジャンルが根強い安定市場を支えていることが、改めて分かる。
日本に強みのあるジャンルの国外市場への広がりという話題としては、NYメトロポリタン美術館の「日本の竹工芸:アビー・コレクション“Japanese Bamboo Art:The Abbey Collection”(2017)」展がある。近年、日本の現代工芸は、アートピースとしても世界から注目されつつある。
美術品市場計2,580億円を販売チャネル別(図6)に見ると、国内画廊・ギャラリー(982億円)に次いで百貨店(567億円)が主要2大チャネルとなっているが、百貨店はギャラリーに比べると減少傾向が見られた。それ以外では、インターネットを通した購入が年々拡大傾向にある。これまで、アートを買う機会が少なかった若い世代や、ネットに慣れ親しんでいる生活スタイルの層が増え、オープンで新しい、アクセスしやすいチャネルによってアートの情報に触れる機会が増えているといえる。グローバルなアートマーケットにおいては、作品・作家の展示履歴やコレクションの来歴が、その作品の価値や信用を高める。また、アートのブロックチェーンやEC取引などさまざまな事業者が参入してきているが、キーとなるのは、扱う美術品の信頼性、そして取引に付随する送金・返品や、作品を手放す段になったときの相談相手としてのセカンダリー事業者の存在など、安心感をいかに新たなビジネス基盤上で実現できるかがポイントとなる。オープンに情報を得られるテクノロジーの導入や信頼度の高いアート産業のプラットフォームづくりが、アート産業市場の中長期的な広がりを確実なものとして行くであろう。
2016年以降、日本からの美術品の輸出が300億円を超えるようになった 。その2016年の海外での日本人アーティスト落札総額ランキングと2019年のランキングを比較すると、2016年は、2位以下と2倍近くの大差で1位だった草間繭生を、奈良美智が抜き1位となっている。3位と4位につづく白髪一雄、藤田嗣治は変わらず、5位の村上隆は順位は変わらないままであるが落札総額は2倍以上に拡大している。そして、8位の杉本博司以外の6位から10位は、2016年には、田中敦子を中心に、戦後のGUTAIを中心とした作家が占めていたが、2019年になると、次世代の現代アーティストとして、五木田智央、2017年に大英博物館であらためて紹介された葛飾北斎、2014年に亡くなりNYのグッゲンハイム美術館で紹介された河原温などが上位に現れ、ここ数年で、古美術から近代、戦後の前衛から現代の若手作家まで、幅広いジャンルの日本人作家が海外でも人気が出始めていることが見て取れる。
■日本から海外への「美術品輸出額」は過去最高の430億円
美術品の日本からの海外への輸出額は2012年以降、上下を繰り返しながら上昇傾向にあり、2018年は過去最高の430億円となった。美術品の海外からの輸入額も世界中のマスターピースを日本が購入していた1990年(平成3年)の6,000億円規模であったのをピークに2011年まで減少傾向であったが、2012年に増加に転じ2016年以降は500億円を超えるようになった。(図8)1990年代の日本は、世界中から、印象派の絵画を中心に輸入していただけでなく、多くの日本人作家を日本人が購入していた。一方で、国内の作品を海外に輸出することには消極的で、輸出していた美術品は50億円以下に留まっていた。美術品は、自分の国や近隣の地域だけで価値が認められていても、そこで経済的な危機が起きたときに、価値を支えられる人たちがいなくなってしまうと国際的には認められなくなる。価値を持続的にするためには、自国内で評価がある程度高まったものを、経済的に成功している他の国々にも積極的に紹介し、輸出することで国際的に 価値が安定する。
■日本から海外への「美術品輸出額」は過去最高の430億円
美術品の日本からの海外への輸出額は2012年以降、上下を繰り返しながら上昇傾向にあり、2018年は過去最高の430億円となった。美術品の海外からの輸入額も世界中のマスターピースを日本が購入していた1990年(平成3年)の6,000億円規模であったのをピークに2011年まで減少傾向であったが、2012年に増加に転じ2016年以降は500億円を超えるようになった。(図8)1990年代の日本は、世界中から、印象派の絵画を中心に輸入していただけでなく、多くの日本人作家を日本人が購入していた。一方で、国内の作品を海外に輸出することには消極的で、輸出していた美術品は50億円以下に留まっていた。美術品は、自分の国や近隣の地域だけで価値が認められていても、そこで経済的な危機が起きたときに、価値を支えられる人たちがいなくなってしまうと国際的には認められなくなる。価値を持続的にするためには、自国内で評価がある程度高まったものを、経済的に成功している他の国々にも積極的に紹介し、輸出することで国際的に 価値が安定する。
■教養として鑑賞するアートから、価値創造の源泉として所有・思考するアートへ
美術品を購入・保有することの効果については、1位「リラックス・ストレスの軽減(購入者72%、非購入者36%)」、2位「自身の嗜好の認識・理解(購入者69%、非購入者35%)」につづき「創造力の養成(購入者58%、非購入者32%)」が3位となり、5位の「教養の習得(購入者55%、非購入者32%)」より上位に位置づけられている。また、実際に購入している人のほうが、その効果を強く感じていることもわかる。(図9)
ビジネスの領域では、戦後の創業経営者の時代や、1980年代までは本業で利益を享受した日本企業は、”即効的な販売促進・広告宣伝効果”を求めるのではなく、創業者の意思で、あるいは社会貢献の一環として美術品のコレクションを行っていた。古美術・工芸などの優良なコレクションを持つ企業や、ヨーロッパの印象派の絵画を世界中から購入した企業が、美術館を建て一般の人々に向けて運営するなど、それぞれの企業の事業の特徴や差別化ということを敢えて意識せず、文化芸術の普及のための活動も行っていた。
近年では、ラグジュアリーブランドや不動産業を中心に、本業と 戦略的に結び付けてアーティストとコラボレーションした商品開発を実施したり、集客やブランドイメージ向上のために、積極的にアートを活用する事例が増えつつある。さらには、メーカーやサービス業においては、テクノロジーの急速な普及やビジネスモデルが複雑化し、分野を横断した新しい価値創出が命題となってきている。ビジネスニーズやシーズを発見するための共感力や観察力を重視した「デザイン・シンキング」がさらに発展し、働く人々自身がアーティストからその思考方法を学び、発想力や独 自性を生み出すような「アートとビジネスの関係性」をテーマにした書籍が書店に並びはじめている。経営や仕事の現場で「マネジメント力」と「技術力」の必要性は長年認識されてきたが、さらに、 歴史・哲学から学ぶ視点や多様で斬新なアイデア視点を得られる「アートの力」が見直されている。アートは、鑑賞するものから、所有して思考する対象として、より一層、ビジネスパーソンにも身近なものとなっていくのではないだろうか。
本調査の約2万人に対して「芸術は、人々が豊かに生きるために必要である」かの問いを設けた(図10)場合、59%と過半数の方が「必要である」と回答し、日本人の多くは、豊かに生きるために芸術が必要だと感じていることが明らかになった。あわせて「、芸術的視点は、国際的な相互交流において重要である」という問いに対しても、55%と約半数が「重要である」と考えている。あわせて、「芸術的視点は、地域の魅力の向上において重要である」「芸術に対して公的な支援が十分に行われるべきである「芸術は国家ブランドの向上において重要である」という問いに対してはそれぞれ、48%、45%、45%と約半数の人々が総じて前向きな意見を もっている。芸術分野が、地域の観光や日本の魅力創出と結びついていることは、一定の割合認知されつつある。
一方、「芸術的視点が産業競争力の強化において重要」かどうかに関しては34%という結果になり、さらに「芸術的視点は企業のよりよい経営において重要」 か と い う 質 問 に は 3 1 % 、「 芸 術 的 視 点はあなた自身の仕事において重要」かという質問には、22%と少なくなり、社会全体や地域国家において、芸術の必要性は広く 支持を得られているが、「芸術的な視点」は、ビジネスの分野においては、一般的にはその必要性は強くは感じられてはいないとい うのが日本の現状と言える。
一方、昨年「国際経験が豊かなビジネスパーソン」に同じ調査を行ったところ、すべての項目で一般の人々を上回り、特に「芸術的視点はあなた自身の仕事において重要」かという問いには、2倍 もの44%が「重要である」と答え、さらに年齢別に分析したとこ ろ、20代では55%となった(図11)。若い世代ほどこの傾向が強い 傾向が数値に表れているため、今後、グローバル経験豊富な次世 代のビジネスパーソンが育っていくにつれてビジネスの分野でも アートの必要性が高まっていくことが予測される。
本調査の約2万人に対して「芸術は、人々が豊かに生きるために必要である」かの問いを設けた(図10)場合、59%と過半数の方が「必要である」と回答し、日本人の多くは、豊かに生きるために芸術が必要だと感じていることが明らかになった。あわせて「、芸術的視点は、国際的な相互交流において重要である」という問いに対しても、55%と約半数が「重要である」と考えている。あわせて、「芸術的視点は、地域の魅力の向上において重要である」「芸術に対して公的な支援が十分に行われるべきである「芸術は国家ブランドの向上において重要である」という問いに対してはそれぞれ、48%、45%、45%と約半数の人々が総じて前向きな意見を もっている。芸術分野が、地域の観光や日本の魅力創出と結びついていることは、一定の割合認知されつつある。
一方、「芸術的視点が産業競争力の強化において重要」かどうかに関しては34%という結果になり、さらに「芸術的視点は企業のよりよい経営において重要」 か と い う 質 問 に は 3 1 % 、「 芸 術 的 視 点はあなた自身の仕事において重要」かという質問には、22%と少なくなり、社会全体や地域国家において、芸術の必要性は広く 支持を得られているが、「芸術的な視点」は、ビジネスの分野においては、一般的にはその必要性は強くは感じられてはいないとい うのが日本の現状と言える。
一方、昨年「国際経験が豊かなビジネスパーソン」に同じ調査を行ったところ、すべての項目で一般の人々を上回り、特に「芸術的視点はあなた自身の仕事において重要」かという問いには、2倍 もの44%が「重要である」と答え、さらに年齢別に分析したとこ ろ、20代では55%となった(図11)。若い世代ほどこの傾向が強い 傾向が数値に表れているため、今後、グローバル経験豊富な次世 代のビジネスパーソンが育っていくにつれてビジネスの分野でも アートの必要性が高まっていくことが予測される。
■多様なアートシーンを経済・社会と結びつけ価値を生み出すプラットフォーム
現代の日本には、古美術から現代アートまで実に多彩な美術品が存在している。これまで、日本の美術愛好家は「 目垢がつく」などといって、積極的に美術品の情報を外に発信してこなかった歴史がある。しかし、積極的に海外の現代アートフェアで活動するギャラリーや、日本の古美術や工芸品に関心を持つ海外の著名コレクターによるコレクション展などにより、次世代の現代アート作家やこれまで、海外に知られていなかった現代工芸などにも関心が広がりつつある。世界中で自然災害への対応が社会課題となり、まさに日本がその課題に直面する場面も多く、日本人の自然へ向き合い方に各国も注視している。日本の文化に浸透している「自然との共生」や、工芸の「用の美」という考え方に近い思想を欧米のキュレーターが「ア ートと人類学」や「アートの有用性」に重ねあわせ自らの言葉のように語り始めており、それらをテーマにする海外のアーティストにも注目が集まっている。 2019年、ニューヨークを拠点に国際的な活動を展開するアーティスト「トム・サックス」による「ティーセレモニー」展が、東京オペラシティ アートギャラリーで開催され、ファッションやデザインなど幅広い層に受 け入れられた。実は、日本の茶の湯には、アートマーケットの価値作りにも繋がる史実がある。かつて織田信長は、それまで大名への褒美としては「領土」であったものを、茶道具や茶の湯開きの許証を褒美として授けるようになった。それら茶道具の価値を、一国の領土以上にまで高めることに功績を残したのが千利休である。現代の感覚で言うと茶道は伝統的・保守的なものと多くの人が感じるが、利休と信長が行ったことは、当時の最先端の「現代アート」の価値創造を行ったのだといえる。それまで、領土・貨幣や中国の唐物などの輸入品に価値を感じていた時代に、日本固有の質素な表現や職人に作らせた新しい工芸品に独自の「侘び数寄」という視点で価値を与えた。また、茶の湯という空間、体験、食、コミュニケーションを組み合わせた最先端の文化・芸術的な装置やルールを生み出し、その中で、当時の日本発の現代アートである工芸や日用の品々を見立て合せて表現した 。利休は当時影響力のあった 信長や秀吉の茶頭となることで、その品々の経済的な価値をも保障し信用力を得た。さらに茶の湯を、当事の人々のコミュニケーションのツールとして、生活の中の浸透させることで社会性も生みだした。この4年間の調査にもあるように、日本でもビジネスパーソンや、社会的にも影響力のある層が、現代美術や古美術などのジャンルを超えて、アートを教養だけでなく創造性の糧としても関心を示しはじめている。 オリンピックイヤー後も、アートの存在や価値は継続する。日本のアートだけでなく日本に集まる世界中のアートに対して私たちはどのような視点で価値を見出しているのか、国内外に伝えることができること、そしてアートと社会を結びつけて価値や信用を保証するオープンなアート産業のプラットフォームを創り育 てていくことこそが、日本発のアートシーンの価値をさらに高めていくことに結びついていくであろう。
(文:アート東京 マーケティング&コミュニケーションズ 統括ディレクター 墨屋 宏明)